ストーリー

エドガーの視点

文/河端ジュン一

 エドガー・ソッケルカーカもまた、世界を終焉から救うために動いている術士のひとりである。
 とはいえ、そこに至った過程はクリストファやウリカといったミズガルズからの天啓を受けた神醒術士――エインヘリアルとは大きく異なる。
 そもそも「天啓」とは、ミズガルズ内に組み込まれた、人の意識を動かす「電気信号」でしかない。それを組み込んだのはミズガルズをかつて作った研究員たちだ。
 そしてエドガー・ソッケルカーカは、ミズガルズ・ネットワークを開発した今は亡き天才発明家・オーケの助手をしていた研究員の一人である。
 ゆえにエドガーは自負する。
 私がもつ救済思想こそがオリジナルであり、その意志は誰よりも強い。

 エドガーが思い描く救済の手段はシンプルだ。
 自身が人類の指導者となること。
 たったひとりの独裁者によって導きだされる明確な解答と、それに従順な画一的思想こそが、最終的には世界を平和に導くと信じている。終焉は神を操ること――つまりは神醒術によってもたらされると考えられるが、それがどれほど辛い神の試練であれ、人々が完全に団結できるならば乗り越えられない理由などない。
 もちろん、一研究員ごときが世界の統治者になることなど普通の手段では不可能だ。
 ただ、エドガーは普通ではない手段を知っていた。
 ミズガルズとは、ミズガルズ登録者たちが共通して持っている専用ゲート内のチップ『ヘイルダルの樹』を通じて動く仮想AIである。この仮想AIは登録者の脳の一部を掌握することで機能しているため、コントロールをできれば極端な話、ミズガルズ登録者たちの思考を遠隔操作することだって可能となる。つまり、思想の並列化が実現できる。
 そのために必要なピースは、ふたつある。
 ひとつは、ミズガルズを世界に広めること。これは日々着々と進んでいる。今やミズガルズ・ゲートは北欧を越えて各国に広まりつつある。
 そしてもうひとつが《原典の紙片》だ。
 ミズガルズが登録者の脳を並列化を叶え得るといっても、そこに命令を与えるのはあくまで指導者となる、ひとりの人間である。ひとりの人間の、ひとつの脳が、不特定多数の脳と繋がれば、処理限界を迎えて自我が崩壊してしまう。それを防ぐために必要となるのが《原典の紙片》である。
 オーケは、かつてエドガーに言った。
《原典》には、人間の普段は使われていない脳のリミッターを外す効力がある、と。
 彼がそう言ったのなら、その推論は間違いないだろう。なぜならば、悔しいことではあるがオーケは、エドガーが唯一認める本物の天才だったのだから。
 ゆえにエドガーは今こうして、ギンヌンガガプの門を開こうとしている。

 森の土を踏みしめながらエドガーは、隣を歩く黒衣の女性に確認する。
「カギについては、滞りないのだろうな?」
 エドガーにはオーケのような天才的な頭脳はない。ただし、今のエドガーは自身がオーケに負けているとも思わない。かつてのオーケと違って、目的に適した協力者を持っているからだ。
 ナターリエ・ネスレである。
 彼女は、かつてsalomoの構成員だったという。かの組織の例に違わず「知識」――つまりは《原典の紙片》を求めていて、その関係で、世界最高の情報収集システム・ミズガルズの核心部へのアクセス権を持つエドガーに、コンタクトを取ってきた。
 ナターリエが、うふふと口角を上げて答える。
「ええ、今のところは計画通りよ……だから、そっちのことはわたしとボーンに任せて、あなたは最後に門を開く役目を担うことだけを考えなさい」
「ああ、もちろん言葉には甘えさせてもらうつもりだ。私がそちらに手を割く暇はないからな――が、しかし本当に、あの男を信用していいのか? 君は私と同類の欲を持っているからまだしもだが、奴に関しては、どうにも目的が計れない部分がある」
「あの人の真意なんて、わたしにだってわからないわよ。きっと誰にもね」
 とナターリエは気にしていない風に微笑む。
「でも目に見える事実として、今、カギの攻略は彼の思惑通りに『選ばれた子供たち』が進めてくれているわ。それさえ確かならば、わたしたちとしては充分じゃないかしら?」
「…………まあな」
「それよりも、あなたの方こそ大丈夫なの?」
「なにがだ」
「息子さん、逃げちゃったんでしょう。あなたの実験が明るみに出たら、立場が危うくなりそうなものだけれど」
 ああ、その件か、とエドガーは鼻を鳴らす。
 ――エリオット・ソッケルカーカ。
 アレは血筋のうえでは間違いなくエドガーの息子だ。しかしエドガーはアレに愛情を抱かない。そもそも、ミズガルズを使った人間操作の試行材料として「ゲートに信号を流すことで人間を操れるか?」という実験のために作った子供だった。
 おまけにアレは、実験において望ましい結果を見せてくれもしなかった。どころか精神が不安定で壊れかけてさえいた。だからエドガーは仕方なくアレを適当な隔離施設に監禁しようともしたのだが、その搬送すらもアレは拒み、途中で逃亡した。
「追わなくていいの?」
「心配は無用だ。アレは、ひとりでは何もできない出来損ないだよ」
 アレは実験の結果、制御不能な強い力を持つに至った。その力は、管理者であるエドガーでさえ彼を殺すことを諦めるほどの出力だった。が、とはいえそんな力をエドガーが放置するはずもない。しっかりと『鎖』をしてある。
「――今から向かう門と同様でな、条件が整わなければ術を起動できないように細工してあるのだ」
「へえ……? でも、その条件とやらが整っちゃったらまずいのはまずいんでしょ。その子が解放されて実験が明るみに出たら、いくらあなたでも逮捕されちゃいそう」
「問題ない。アレが今どこに逃げていようと、アレが鎖を外せる頃には、私たちは《原典の紙片》を手に入れている。その力さえあれば、アレごときの処分も過去の揉み消しも、どうにでもなる」