ストーリー

とあるふたりの会話――起点についてと、そこから続く物語

文/河端ジュン一

――:神醒術の発展と組織の結成にはいろいろと謂れはあるから、四大組織が台頭したタイミングはこの瞬間から、と具体的に言えるものじゃない。でも歴史上にわかりやすいポイントをあえて置くなら、salomoで起こった事件「ズューネの夜」あたりからになるだろうね。
――:当時、他組織よりも半歩ほど神醒術への理解が進んでいたsalomoの主権を握っていた13人の首架(しゅか)のうち11人が殺害された、あの事件は鮮烈だったわ。
――:現代よりもいっそう過激だった当時のsalomoのやり方には方々から多数の異議が上がっていた。だから同様の思想を爆発させた内部の若者が正義を執行したのだ、と言われた。現に、犯人のボーンはその後、アメリカと東南アジア間の武力衝突にも介入したという噂もある。
――:けれど噂は噂。それを言うなら抗争への彼の介入は、正義と程遠いものだったという記録も残っているでしょう? 当時まだ学者のおもちゃと揶揄されて実戦的ではなかった神醒術用デバイスを戦地に持ち込み、惨状を悪化させたとか。
――:もちろん、行動の善悪は視点の角度によって変わるから答えは出しにくい。ただ結果として、長引く闘争のせいで頭に血が上った米国民のご機嫌をとる必要が出たアメリカ政府は、I2COの前身となる機関の設立に踏み切り、現代へと続く神醒術ビジネスの先陣をきる形となった。同時に、東南アジアでの闘争が他人事ではないインドでも、国民の関心が神醒術へと傾き、その心情にほどよく歩み寄った同時代的な宗教団体として新生リグ・ヴェーダが生まれた。
――:俗に最先端テクノロジーと言われる系統の産業が伸び悩んでいたこともあって久しくそちらへの予算を絞っていた日本政府が、重い腰を上げて、神醒術を伸ばす方針を公にメディアで口にしたのも、この頃だったわね。
――:国民の間では、どうせアメリカからの圧力があったからだろう、と苦笑するような風潮があったように記憶しているけれど。
――:でも、そうして対外的な言い訳のために生まれた八幡学園都市が、今や政府以上に国外への発言力を持つ、まるで独立区のように機能しているのだから、皮肉ね。
――:ともあれ、こうして世界の情勢をかき回したすえに神醒術の高度成長というプレゼントを社会にくれたボーンだけれど、君が言ったとおり、彼の思想・目的は不明のままだ。始まりとなったsalomo内でも目立った人間じゃなかったというし。
――:そこに言及する評論家も多少はいたようね。でも世論全体としては彼のことなんかよりも、神醒術による社会の変化のほうに気をとられたみたい。
――:やがてボーンという男の人物像はうやむやのままに、その他とりとめのないニュースとともに時代の濁流に呑み込まれ、ただ彼の置き土産のごとく残った四大組織の庇護下で、人々は当たり前のように暮らしている。
――:そこが気持ち悪いところなのよね。
――:なにが?
――:結果だけを見れば世界に大きな影響を与えた人物なのに、まるで夢か幻のように語られる。たった数十年前の出来事で、彼は今もどこかで生きているはずなのに……。