ストーリー

ボーン・シュヴァルツァーの視点

文/河端ジュン一

《原典の紙片》とは、神醒術士の力を引き出す情報の奔流だ。
 それは各地にあるが、ほとんどがいまだ見つかっていない。
 見つからない理由は単純だ。まず《原典の紙片》という名に反して、固体としては存在しないあやふやな事象だから。次に、隠語で『鎖』と呼ばれる儀式神律によって簡単には露見しないよう封印されているから。最後に、これらの事実自体もわかりづらい隠語でしか伝承されていないから。
 ギンヌンガガプの《原典の紙片》もそうだった。
 ボーンが知れた理由は、salomo時代に得た知識と、いくつかの幸運と、目的のために手段を躊躇わない精神とが重なったおかげだ。
 儀式の解呪法にはパターンがあるらしく、すべてはボーンも知らないが、多くの場合は大気中のSI素子濃度が一定以上になることをトリガーにする。
 その濃度を高める条件のひとつとして、もっとも効果的なのが「優秀な神醒術士が一堂に会すこと」だった。
 鎖とは、封印を表すと同時に繋がりも意味する。
 術士同士が繋がり合うことで、鎖を解いて門を開く。
 エドガーが息子の力を抑えるために施した簡易版の『鎖』は、北欧からもっとも遠い日本――赤の術士と繋がることが解呪条件だった。
《原典の紙片》を封じている白い大樹の場合は、さらに条件が困難だ。5色すべての術士が会す必要があった。
 そのためにボーンは、ミズガルズのエドガー・ソッケルカーカ、リグ・ヴェーダの久光ラジーヴ、I2COのチェルシー・ベーグル、八幡学園都市の霧島ケイゴ、ボーン自身でもよかったが興が乗ったのでsalomoのリリー・ヤコブスを誘導した。
 ――まったく、面倒くさいことをしてくれる。
 と、ボーンは嗤う。
《原典の紙片》に『鎖』をかけたのは、前時代の神醒術士たちだ。その時代においては呪術師や魔術師、錬金術師、陰陽師などと呼ばれていた者たち。
 では、なぜ彼らは面倒くさい『鎖』をわざわざかけてまでそれを封印したのか?
 薬は過剰に供給されれば毒にもなる。情報も同じだからだ。
 神醒術士ならばまだしも、一般人にとって濃い情報は有害だ。また、自然にも悪影響を及ぼす。そして情報は時代をおうごとに増す。どこかでヌケを作らなければならない。
 そこで、各地から情報を吸って集めておく「集積点」を設け、蓋をした。
 ただ、凝縮されているぶん解放時には、並みの神醒術士でも意識を持っていかれかねないというリスクも増したが。
《原典の紙片》の奔流に呑まれた人間の末路は2パターンだ。
 情報に耐えた者の場合――能力が覚醒し、人知を超えた力を手に入れる。
 逆に情報に耐えられなかった者の場合――脳内にフラッシュバックのように流し込まれた膨大な情報に耐えきれず、思考が壊れる。つまりは発狂か、廃人だ。
 必ず、この2つしか有り得ない。
 5色の人間が集まっても、その中で「器で受け取れる者」と「器ごと壊れる者」の二者に選別される。
 当然、ボーン自身にとってもこれは賭けだった。
 ボーンが世界各地にある濃度の高いエリアを訪れたのは、今回の奔流に耐えうる身体を作るためだった。しかし、そこまで準備をしてもギンヌンガガプの情報はひときわ多大に思えた。壊れずに済む確率は五割程度――いや、すでに紙片をひとつ持っていることを考えればさらに下がるか。
 ただ、それでもボーンは門を開くことを選んだ。
 なぜならば、人類にとって停滞は死よりも愚かな選択だから。
 進化を求め続ける貪欲さ。それこそが、人類が現代まで生き残ってこられた尊い理由であり、この先の世界を生き残るための、唯一の武器でもあるから。
 ボーン・シュヴァルツァーの目的はたったひとつ。
 ただ純粋に、シンプルに、人類が進化したその先の世界を見届けたかった。